大判例

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東京高等裁判所 平成9年(ネ)2537号 判決

控訴人 A野太郎

右訴訟代理人弁護士 香川一雄

被控訴人 首都高速道路公団

右代表者理事長 三谷浩

右訴訟代理人弁護士 松崎正躬

同 竹内桃太郎

同 奥毅

主文

一  原判決主文第二項を次のとおり変更する。

1  被控訴人は控訴人に対し、金一四六万六三一九円及び内金一二六万六三一九円に対する平成元年四月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを四分し、その一を被控訴人の負担とし、その余は控訴人の負担とする。

三  この判決の第一項1と第二項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決中、主文第二項、第三項を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、金五三四万九六〇六円及び内金四九四万九六〇六円に対する平成元年四月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

4  この判決は仮に執行することができる。

(控訴人は、原判決主文第一項掲記の主位的請求及び予備的請求を、当審において取り下げた。)

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

控訴人は、神奈川県知事が計画決定し被控訴人が事業者となって実施することとなっていた川崎縦貫道(一期)建設工事につき、かつて被控訴人の職員として在職中、用地確保、維持管理費等の観点から批判を加え、他のルートに変更の上建設すべきであるとの意見を新聞紙上に投書した。被控訴人は、この投書により著しく名誉が毀損され職場秩序が乱されたとして、就業規則に基づき、控訴人を、昭和六三年一一月一七日付けで停職三か月の懲戒処分(以下「本件懲戒停職処分」という。)に処した。本件は、これを不服とした控訴人が被控訴人に対し、本件懲戒停職処分が違法であったとして、また、予備的に、昭和六三年末特別手当を全額支給しなかったことは違法であるとして、それぞれ不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実及び前提事実並びに争点

争いのない事実及び前提事実並びに争点は、次の1のとおり付加、削除、訂正し、2、3のとおり当審における主張を付加するほか、原判決事実及び理由欄第二(事案の概要)一(争いのない事実及び前提事実)、二(争点)のとおりであるから、これを引用する。

1(一)  原判決一三頁末行に「左記」とあるのを、「左記の趣旨の記載のある」と訂正する。

(二) 原判決一七頁一行目の冒頭に「本件懲戒停職処分当時の」と付加する。

(三) 原判決一九頁一行目に「給与規程(乙五九及び九八)」とあるのを、「給与規程(乙一一二)」と、同二〇頁三行目から同七行目までを、「二項 特別手当の額は、予算の範囲内において、その支給を受ける職員の勤務成績を考慮してそのつど定める。この場合において、別に定める管理又は監督の地位にある職員に対しては、別に定めるところにより加算する。」と、同二一頁四行目を「昇給所要期間中において、次の各号の一に該当する者。」と、各訂正する。

(四) 原判決二一頁八行目の「昭和六三年一二月八日、」とある次に、「職員のうち管理又は監督の地位にある職員以外の職員、臨時職員の」と、同頁一〇行目の次に改行して「支給対象者」と、同二二頁一行目の「特別手当」とある次に「の加算」と、各付加する。

(五) 原判決二二頁一〇行目の次に行を改めて、

「(六) 控訴人に対し、支給基準日昭和六三年一二月一日、支給日同年一二月九日の、同年の年末特別手当は支給されなかった。仮に、控訴人の年末特別手当が不支給とされず、勤務成績による増減は行わず、停職による不就労日数のみを考慮した場合の、控訴人の昭和六三年の年末特別手当の金額は一二六万六三一九円である。」と付加する。

(六) 原判決二二頁一一行目ないし同二四頁八行目までを次のとおり改める。

「二 争点

1 本件懲戒停職処分の有効性

(一) 表現の自由と本件懲戒停職処分

(二) 本件懲戒停職処分理由の存否

(1) 本件投書内容と被控訴人の関連性

(2) 本件投書内容について

① 管理費について、著しく事実に反することを述べたか

② 代替地について、著しく事実に反することを述べたか

③ 川崎縦貫道(一期)の路線の選定が、被控訴人として最適の決定であることを十分知悉しながら、同路線選定に批判を加えたか

(3) 地元関係者、関係各方面に多大な混乱を生ぜしめ、被控訴人の名誉は著しく毀損され、被控訴人の業務の遂行が支障を来し、被控訴人の職場秩序は著しく乱されたとの結果及び評価について

(4) 「道路公団勤務」との肩書の使用について

(三) 本件懲戒停職処分の効力

(四) 本件懲戒停職処分手続の正当性の有無

2 不法行為に基づく損害賠償請求権の存否

(一) 不法行為の成否(一)

本件懲戒停職処分は無効なもので、故意又は過失により、控訴人が被控訴人の職場で勤務すべき労働の権利を妨害したうえ、給与等を支払わず控訴人に損害を与えたものか。

(二) 不法行為の成否(二)

仮に本件懲戒停職処分自体は有効としても、故意又は過失により、労働基準法九一条に違反し、就業規則四〇条の解釈を誤り、昭和六三年の年末特別手当を全額支給しなかったことにより、控訴人に損害を与えたものか。

(三) 損害の有無及びその額」

2  当審における控訴人の主張

(一) 憲法二一条に反する違法

被控訴人は、その存立根拠が、首都高速道路公団法にあり、その人事及び運営が建設大臣の指揮監督の下にある。また、被控訴人の資金は、国税、東京都、神奈川県、横浜市、川崎市などの地方公共団体が出資し、膨大な政府保証債によって運営されていて、その予算及び決算は国会の承認を必要とし、その会計は会計検査院の監督に服する。更に、被控訴人の役員及び職員は、刑法その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなされる。被控訴人の業務は、原判決事実及び理由欄第二(事案の概要)一1(一)のとおりであり、被控訴人の主張によれば、被控訴人は、それ自体極めて高度の公共性を有するだけでなく、その本質において、公共の利益と密接な関係を有する事業の運営を目的とする高度の公共性を有する公法上の法人である。

したがって、被控訴人は、その組織、運営基盤及び運営の内容、組織の規律において国の機関に準じて取り扱うことが適した団体であるということができる。よって、被控訴人の国の機関に準ずる実態を看過し、被控訴人が国又は公共団体ではなく、単純に私的な民間企業の一つであるとの認識に基づいて、憲法二一条の規定は本件懲戒停職処分に適用がないとした原判決は誤りである。

(二) 公序良俗に反する違法

本件投書は、一般市民、特に川崎市に居住する多数の住民の生活の安全や利便に、直接かつ永久的に重大な係わりを持続することになる川崎縦貫道(一期及び二期)の路線を川崎市のどこに、どのように選定するかの重大な行政上の課題について、公器である日刊新聞のオピニオン欄に控訴人個人の意見を発表したもので、当該新聞の購読者に対し、検討すべき大切な情報を得る機会を提供する役割を有するものである。本件投書は、右の役割を目的として、当該路線の選定について支配的な権限を有する建設省に向けて、控訴人の被控訴人における職務とは関係なく、職務時間外にされたものであって、被控訴人の名誉を毀損する意図のないことも明白である。

本件投書による控訴人の意見の発表が、被控訴人の企業組織を継続する上で著しい支障を来すほどの危険性を有することが明らかである等、特段の事情がない限り、それが、単に被控訴人の社会的評価にとって不利益であるとの理由から、懲戒処分という制裁でこれを抑圧することは、被控訴人の職員に対する懲戒権限を濫用するもので、明らかに公序良俗に反する行為であり、無効である。ちなみに、被控訴人と同一の性格を有し、同じ建設大臣の監督下にある住宅・都市整備公団の就業規則は、同公団自体に対する名誉毀損を懲戒事由から除外している。

仮に、控訴人が本件投書によって、企業体としての被控訴人に多少の不利益が発生するであろうことを認識していたとしても、本件投書によって被控訴人が受けるであろう不利益と比較して、本件投書の内容が地域住民の受ける被害の内容や工事費等に利益を与える蓋然性が相当程度にある場合には、名誉毀損が成立しないだけでなく、それ自体社会的に非常に有益であり、社会的相当性を有する行為であるから、一個の企業体の利害を基準として作成され、その企業体にとっての有害な行為を抑止することを目的とする就業規則の懲戒規定の対象とはならないというべきである。

控訴人の被控訴人に対する労働契約に基づく誠実義務は、労働者個人の利益と使用者である企業体の利益との関係を規律し、労働者の利益追求のために使用者の利益を不当に侵害してはならないことを規律したものであって、労働者の行為が個人の利益ではなく、専ら公共の利益実現を内容とし、当該行為が勤務とは関係なく、社会を構成する一個人として表現されたものである場合には、一企業体の就業規則の規制する行為の対象とはならず、個別の労働契約に基づく誠実義務による拘束を受けないものである。

(三) 本件投書の内容は被控訴人と関連がないこと

控訴人は、被控訴人が川崎縦貫道(一期及び二期)の路線選定について決定権限もなければ承認権もなく、神奈川県知事の都市計画決定及び建設省の命令に従って所定の事業を行うに過ぎないことを、本件投書と被控訴人との関連性がないことの根拠の一つとして主張しているのである。

ところが、原判決は、争点は本件投書が本件懲戒停職処分の根拠となった就業規則三条、四条一号、四号及び五号に該当するか否かであって、いずれに向けて本件投書がされたかは関係ない旨判示する。しかし、右判示は、被控訴人が路線選定の権限を有しないことと本件投書との関連性の問題を、本件投書を他に向けた場合と被控訴人との関連性の問題にすり替えている。

被控訴人に当該路線の決定権限があるか否かによって、被控訴人の当該路線の選定の意向に反する控訴人の行為に対する評価が著しく異なるはずである。また、控訴人が本件投書を被控訴人に向けて、被控訴人の当該路線の選定の意向に反するためにしたのと、控訴人にその認識がなく、路線選定の権限を有する建設省に向けてしたのとでは、著しく評価が異なるはずである。更に、専ら、川崎縦貫道(一期及び二期)の路線を多摩川河川敷に設定することの利点を九項目にわたって力説した本件投書の目的及びそれが川崎市行政の重大な課題であって、その政治意思の決定に市民の意思ができるだけ反映されるべき性格のものであることも重要な判断の資料となるはずである。

本件投書の内容が就業規則三条、四条一号、四号及び五号に該当するかどうかの判断において、これらの資料を除外した原判決の判断は、合理的根拠を欠くものである。

控訴人の本件投書は、川崎縦貫道(一期及び二期)の路線の選定に支配的な決定権限を行使することができる竹下内閣及び建設省にあてたものであることは明白である。本件投書が被控訴人の意に反した内容であるとしても、被控訴人に向けた投書ではなく、控訴人は、被控訴人を本件投書の相手方として認識していなかった。したがって、控訴人には本件投書によって被控訴人の名誉を毀損する認識がなかった。本件就業規則四条各号の規定は、当該規定に該当する行為がいずれも故意にされることを想定したものであり、過失による行為をその対象から除外していることは明らかであるところ、本件投書によって被控訴人の名誉を毀損する認識がなかった控訴人の行為を、右就業規則の規定に当てはめて、懲戒処分をすることはできない。

(四) 本件投書の内容の真実性の判断方法の誤り

(1) 控訴人は、本件投書において、川崎縦貫道(一期及び二期)の路線は、多摩川河川敷を利用するルートの路線選定が適していることを述べ、その裏付けとなる根拠として次の九点を上げた。

① 市街地の道路用地の買収が困難であること。

② 河川敷の道路建設は、東京湾横断道路等の建設に照らして技術的に全く問題がないこと。

③ 困難な用地買収において、代替地の要求を満たすことは至難の業で、被控訴人始まって以来、代替地の提供はゼロに近いこと。

④ 一〇年間を超すであろう工事期間中の大渋滞は、地元業者の死活問題であり、死傷事故の発生も心配されること。

⑤ 自動車トンネルは、三倍の工事費、一〇倍の管理費がかかり、車両火災時の安全性も問題であること。

⑥ 河川に高速道路の橋脚を建てても治水上問題はないこと。

⑦ 河川敷を利用することにより既存の市街地居住者の多数の民有住宅及び土地を取り上げてつぶす犠牲がなくて済むこと。

⑧ 河川敷を利用することは、国土の有効利用となり、また、川崎縦貫道(一期及び二期)の早期着工、早期開通が可能になること。

⑨ 河川敷を利用すると膨大な用地買収費は不要であり、効率的な公共工事で首都圏の渋滞緩和に大きく役立つこと。

(2) 原判決は、本件投書の記載中、「一〇倍の管理費がかかること」、「代替地提供はゼロに近いこと」の真実性についてはこれを否定し、本件懲戒処分理由書に記載された、国道四〇九号ルートの路線選定の最適性はこれを認めた。

しかし、「代替地提供はゼロに近いこと」は、右(1)③の、用地買収の際の代替地の要求を満たすことは困難である事実の一部であり、また、「一〇倍の管理費がかかること」は、右(1)⑤の、自動車トンネル工事には多額の工事費や管理費がかかる事実、車両火災時の安全性に問題がある事実の一部に過ぎない。これらの事実は、本件投書において、多摩川河川敷を利用するルートの路線選定が適していることを裏付ける多数の事実のうちの一つとして位置付けられているのであって、これらの真実性を各個別に判断することによって、多摩川河川敷を利用するルートの路線選定が適していることの真実性を判断することは、その方法において明らかに誤りである。なお、原判決は右の路線選定が適していることの真実性については判断していない。

(3) また、川崎縦貫道(一期及び二期)の路線の選定については、本件投書における多摩川河川敷を利用するルートが適しているとする主張と、本件懲戒処分理由書における国道四〇九号を利用するルートを最適とする主張が、本件訴訟の最も重要な争点として対立している。そして、前者の主張について真実性が認められる場合は勿論のこと、仮に真実性が認められないとしても、控訴人がそれを真実と信じるについて相当の裏付けとなる根拠がある場合にも、本件投書を理由とする本件懲戒停職処分は違法というべきである。

更に、国道四〇九号を利用するルートを最適とする主張が真実としても、そのことから本件投書が故意による名誉毀損となるものではない。故意によるものというためには、本件投書がその裏付けとして挙げている前記(1)①ないし⑨の事実の資料を総合的に検討し、控訴人が事実を誤認して多摩川河川敷を利用するルートが適していると誤信することが無理もなかったといえる状況がなかったことを認定する必要がある。

ところが、原判決は、本件投書における多摩川河川敷を利用するルートが適しているとする主張の真実性については何ら判断せず、国道四〇九号を利用するルートを最適であることの真実性を認定し、それに反する「代替地提供はゼロに近いこと」、「一〇倍の管理費がかかること」を否定したが、それらの事実を否定することにより、多摩川河川敷を利用するルートが適していることを否定することはできない。それらの事実は多摩川河川敷を利用するルートが適していることの根拠の一部に過ぎない。原判決には理由不備がある。

(五) 多摩川河川敷を利用するルートが適していること

控訴人が本件投書で主張した前記(四)(1)①ないし⑨の根拠はいずれも真実であり、被控訴人が最適と主張する国道四〇九号を利用するルートより、多摩川河川敷を利用するルートが適している。

(六) 管理費について

新聞記事の内容が事実に反し、他人の名誉を毀損するものかどうかは、一般読者の普通の注意と読み方とを基準として判断するべきである(最高裁判所昭和三一年七月二〇日判決)。原判決は、本件投書にいう管理費の意味内容の認定について右判例に反し、また、一〇倍の管理費という本件投書の記載が仮に事実と異なっていたとしても、それが被控訴人の名誉をどのように毀損するのかについての判断を誤った。

被控訴人は、管理費とは維持修繕費を指すものと主張するが、維持管理と維持修繕とは異なる。被控訴人の予算支出の科目で言えば、高速道路管理費、一般管理費の内、トンネル部分管理要員(委託業者を含む。)の人件費だけで、高架部分に比較して優に一〇倍を超える。また、多摩川河川敷ルートにすれば必要のない、国道四〇九号ルートにすることにより発生するトンネル部分の用地買収費の償還も、トンネル用地を買収したために必要となる費用であるから、広い意味でトンネル部分を維持するための費用と言うことができる。照明設備の維持管理費も、夜間点灯の高架道と二四時間点灯のトンネル部分では優に一〇倍以上の費用の差が生ずる。更に、今後のトンネル道では、トンネル内の防災設備の充実、トンネル内のNOx除去設備等の設置が必要であることを考慮すると、トンネル部分の維持管理費用は現状よりも著しく増大することは明らかである。

構造上完全無欠のトンネルは存在しない以上、事故防止のため常時維持管理の改善努力を必要とする状況にあり、高速道路のトンネル部分と高架部分との管理費用について一定の比率を保つべき基準はない。トンネルの管理費用は個々のトンネルの地質、規模、構造、安全性の基準、設備の内容、管理の内容等の状況によって大きく異なる蓋然性が高い。以上のことから、本件投書における管理費についての控訴人の主張が誤りであるとは、論理的にもいえない。

(七) 代替地について

被控訴人の首都高速道路は、本訴提起の時点で、延長約三一一キロメートル、面積で約九三四万平方メートルであった。したがって、被控訴人が事業を開始した昭和三五年から昭和六二年度末までの二八年間に民間に提供した代替地三万二九二四平方メートルが、右道路面積と比較してゼロに近いことは明らかである。

被控訴人は、昭和三五年から昭和六二年度末までに提供した代替地の面積は累計で一一万四七二六・九七平方メートルであり、被控訴人が取得した民有地の約一割に相当する旨主張する。しかし、被控訴人は、民有地の取得は金銭補償し、国有地、公有地については代替地を提供することを原則としている。被控訴人の主張する代替地は、被控訴人の民有地は原則として金銭補償する方針から、その代替地の大半が公有地を取得した場合のものであって、民有地を取得した場合の代替地ではないはずである。

本件投書にいうところの代替地の提供が民有地の取得についての代替地を指すことは明らかである。被控訴人は、民有地の取得は原則として買収(金銭補償)することを基本方針としているのであるから、本件投書において、民有地を取得する場合に代替地の提供がゼロに近いと記述されても何ら不都合はないはずであるし、仮に、その記述が事実と相違しても、そのことによって被控訴人の公共性の社会的評価が低下すること、即ち、被控訴人の名誉が毀損されることはない。

井口証人も本件投書から四年八か月後で、平成二年八月一四日付け都市計画決定後二年半後の証言において、川崎縦貫道(一期)については代替地を持っていない旨証言しており、代替地の保有はゼロである。また、地価が狂騰した今日、道路用地として民有地を買収した場合の代替地の提供はほとんど不可能に近いというべきである。

(八) 国道四〇九号ルートの路線の選定が最適でないことについて

川崎縦貫道路計画調整協議会に参加した被控訴人の職員が被控訴人内部で協議結果を報告し、指示を仰ぐ場合、少なくとも、四〇九号ルート、一三二号ルート、多摩川ルート毎に、工事費、経済効果、立退き必要所帯数、必要な用地買収面積、既存資料による地盤・地質、既存の交通への影響度、環境汚染度、他の主要道路との接続の具体的な比較図等のデータ及び長所、短所を明らかにした文書をもって報告され、被控訴人はこれを受けて文書で専門的な指示をするはずであるが、そのような証拠は全く提出されていない。そのような証拠がなくては、各ルートの長短を比較できるはずがない。

被控訴人と建設省は、昭和六〇年一二月に第一回の川崎縦貫道道路計画調整協議会が開催される四か月前の同年八月に、既に川崎縦貫道(一期)の事業化の予算請求を国道四〇九号ルートについてしている。被控訴人も昭和五九年度の予算等から四〇九号ルートについてのみ、既に調査費を計上していた。つまり、四〇九号ルートに路線を選定することは、昭和六〇年の当初から既定の方針であったのであり、これでは客観的に同路線の最適性を証明することは不可能である。

建設省、被控訴人、神奈川県及び川崎市の各担当者約二〇名前後で構成する川崎縦貫道道路計画調整協議会は、建設省及び被控訴人が既に予算上事業化要求までしている既定の四〇九号ルートを神奈川県、川崎市を説得して都市計画決定させる合意を形成する手続の場に過ぎないのである。したがって、第一回協議会から、協議の中心は、複数のルートを提案して、費用見積額、構造、工期、安全性等を慎重に比較検討することでなく、四〇九号ルートを選定することを地元自治体及び地元住民に説得することだけであった。川崎市の見解は、「多摩川利用案が従来からの本市の基本的な考え方である」とするものであったが、建設省や被控訴人はこれを無視し、河川敷の利用を真剣に検討しなかったのである。

四〇九号ルートの選定が最適であると証明できない最も大きい根拠は、これに要する全費用概算額が、平成二年度二五〇〇億円、同四年度三六二〇億円、同六年度四〇三一億円、同七年度五二〇二億円と工事の完成が遅延するに従って著しく増大していることである。しかも、住民の立退(用地買収)も未だに終わらず、工事が遅々として進捗せず、二〇世紀中には完成の目途もたたなくなっている。

(九) 被控訴人の名称の冒用がないこと

道路公団の名称が付いた公団は、被控訴人の他にも、日本道路公団、阪神高速道路公団があり、東京近辺に居住する日本道路公団職員は約二〇〇〇名、阪神高速道路公団東京支社の職員は約二〇〇名前後いるはずである。したがって、「道路公団」の文言のみから被控訴人を特定することはできない。

次に、川崎縦貫道(一期)に接続する予定の東京湾横断道路は、日本道路公団から多くの職員が出向し、日本道路公団が三分の一を出資した東京湾横断道路株式会社が建設したが、完成後は日本道路公団が管理、償還する予定である。したがって、接続道路である川崎縦貫道(一期)について、日本道路公団の職員が関心を持ち、本件投書の内容に類する文書を作成できる可能性は十分ある。本件投書の掲載された神奈川新聞の購読者の大多数は、本件投書を読んで「道路公団」との肩書から被控訴人の名称を想起できる人はほとんどいないと思われる。

また、日刊新聞に投書する場合、住所、氏名、職業、年齢等を添え書きすることは公知の事実である。このような場合に勤務先の名称を使用することは、社会的に相当な行為であるというべきである。よって、控訴人が本件投書に肩書を使用することは、被控訴人の名称の冒用に該当しない。

(一〇) 損害額(主位的主張)

被控訴人は、本件懲戒停職処分をして、控訴人が被控訴人の職場で勤務すべき労働の権利を妨害したうえ、給与等の支払義務を履行せず、次のとおり合計五三四万九六〇六円の損害を与えた。

よって、不法行為による損害賠償として五三四万九六〇六円及び弁護士費用分を除く内金四九四万九六〇六円に対する不法行為の日以後であり訴状送達の日の翌日である平成元年四月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(1) 当初請求分 合計四六五万三八八二円

各項目の詳細は、別紙請求額計算書(平成元年3月まで)のとおり。

① 給与、手当等の不支給分 計三二五万三八八二円

ア 本俸 一三五万八七五六円

イ 扶養手当 四万八三八二円

ウ 特別都市手当 五万六二八五円

エ 住居手当 三〇四八円

オ 時間外手当 四二万四六八〇円

カ 深夜手当 一万四八三一円

キ 日額旅費 四万四六五〇円

ク 年末特別手当 一二六万六三一九円

ケ 年度末特別手当 三万〇九三一円

コ 食事手当 六〇〇〇円

② 慰謝料 一〇〇万〇〇〇〇円

③ 弁護士費用 四〇万〇〇〇〇円

(2) 追加請求分 合計 六九万五七二四円

各項目の詳細は、別紙追加請求内訳のとおり。

① 当初請求時の見落とし分 計 一九万一三〇〇円

ア 特殊手当 一万五三〇〇円

イ 慰労出張旅費(昭和六三年から平成三年まで) 一七万六〇〇〇円

② 定期昇給停止による減額分 計 五〇万四四二四円

(但し、計算違いによるものかこの合計は合わない。)

ア 退職金 三一万一〇五四円

イ 本給 一一万七三〇〇円

ウ 特別都市手当 四六九二円

エ 時間外手当 九二一〇円

オ 夏期・年末・年度末一時金 六万二五三五円

(3) 右(1)(2)の総計 総計五三四万九六〇六円

(一一) 給与規程等の解釈について(予備的主張)

被控訴人の給与規程一五条一項は、特別手当は、原則として、……別に定める日に在職する職員に対してそのつど定める日に支給する旨規定し、同一五条二項は、特別手当の額は、予算の範囲内において、その支給を受ける職員の勤務成績を考慮してそのつど定める旨規定する。即ち、一項は、特別手当支給対象者の範囲を規定し、二項は当該対象者に対する支給額を規定するものである。

しかるに、原判決は、給与規程一五条二項の規定をもって、一五条一項に規定する特別手当支給対象者を除外することができるものと解釈している。これは、右一五条一項の規定を誤って解釈するものである。

次に、被控訴人は、労働組合に対し、本件懲戒停職処分後である昭和六三年一一月二四日付けをもって、昭和六三年度年末特別手当の支給について通知した。右の通知では、給与規程一五条一項の支給対象者の範囲を当然の前提として、同一五条二項の勤務成績による減額は、今回は行わない旨通知している。

また、被控訴人は、各部長以下各部職員及び臨時職員に対し、昭和六三年度年末特別手当の支給対象者について、昭和六三年一二月一日に在職する職員(臨時職員を含む)とする旨通知した。一方、乙第九九号証二枚目の(案4)昭和六三年度年末特別手当支給基準(職員及び臨時職員)なる文書(特に支給対象者のみを記載してある。)は、一切執行された形跡がないだけでなく、同日付けの通知書において、同じ支給対象者を規定している甲第六号証の支給対象者には、乙第九九号証二枚目の(案4)の文書のように停職者を除外する規定は全くない。即ち、(案4)は何のために作成されたか意味不明の文書である。昭和六三年一二月八日付けの文書は、公式に通知された甲第六号証の文書のみが効力を有し、控訴人は特別手当を受給する資格を有するのである。

原判決は就業規則第四〇条の停職処分は、期間中の月例給与のみを支給しない場合に限らず、特別手当を支給しない場合も併せて規定している旨判示している。しかし、年末特別手当の性質は、給与の後払いをするものである。したがって、控訴人のように、昭和六三年一一月一八日から停職処分を受けた者に対し、支給しないとする年末特別手当は、同日以後、年末の同年一二月三一日までの期間に相当する年末特別手当を停職期間中の年末手当として支給しないとの意味に解釈するのが相当である。即ち、年末特別手当支給額の起算日は、当該年の七月一日であるから、控訴人の場合、年末特別手当の支給額の起算日である昭和六三年七月一日から停職期間の起算日の前日である同年一一月一七日までの期間に相当する年末特別手当の支給額は、当該期間の給与の後払いであるから、これを支給しないことは、当該懲戒処分によって、懲戒処分前の給与まで支給しないことになる。このことは、停職期間中の給与(停職している期間に相当する給与)は支給しないとの規定の文字に反するだけでなく、被処分者に懲戒処分による停職期間を実質的に拡大する不利益を課することになり、合理的根拠に欠け、極めて不当である。

懲戒処分者の意思で、被処分者に一方的に不利益を課することになる懲戒処分権の行使については、明文の規定がないのに、規定の意味をゆるく解釈することは、不当に人権を侵害するおそれがあり、許されない。

3  当審における控訴人の主張に対する反論及び被控訴人の主張

(一) 本件懲戒停職処分は本件投書を主たる理由として行われたものである。本件投書が掲載された当時、被控訴人や関係行政機関は、川崎縦貫道(一期)のルート選定について、既に国道四〇九号ルートに決定しており、同ルートについて川崎市議会や地元住民、地権者の理解を得るために地元説明会等を通じて説得の努力を重ねている状況であった。

当時、被控訴人職員であった控訴人は、川崎縦貫道(一期)の事業がそのような状況にあることを十分知っていたはずである。したがって、被控訴人の対外的説明と全く異なる多摩川河川敷ルートを主張する本件投書が道路公団勤務の肩書を付して新聞に掲載されれば、地元住民等は、被控訴人の職員が被控訴人の説明と異なるルートの可能性を示唆していることについて不信の念を持ち、同路線の事業遂行に悪影響を与えかねないことを、控訴人は十分予見できたはずである。それにもかかわらず、控訴人は本件投書をあえてしたのであり、実際に地元住民等や関係行政機関の間に多大な混乱を生じさせ、被控訴人の対外的信用を失墜させた。

原判決の判断のとおり、本件投書のように、従業員が職場外で新聞に自己の見解を発表等することであっても、これによって企業の円滑な運営に支障を来すおそれのあるなど、企業秩序の維持に関係を有するものであれば、例外的な場合を除き、従業員はこれを行わないようにする誠実義務を負う一方、使用者はその違反に対し企業秩序維持の観点から懲戒処分を行うことができるのである。

労働者は、労働契約を締結して雇用されることによって、使用者に対して労働提供義務を負うとともに、企業秩序を遵守すべき義務を負い、使用者は、広く企業秩序を維持し、もって企業の円滑な運営を図るために、その雇用する労働者の企業秩序違反行為を理由として、当該労働者に対し、一種の制裁罰である懲戒を課することができるものであるところ、右企業秩序は、通常、労働者の職場内又は職務遂行に関係のある行為を規制することにより維持し得るものであるが、職場外でされた職務遂行に関係のない労働者の行為であっても、企業の円滑な運営に支障を来すおそれがあるなど企業秩序に関係を有するものもあるのであるから、使用者は、企業秩序の維持確保のために、そのような行為をも規制の対象とし、これを理由として労働者に懲戒を課することも許される(最高裁昭和五八年九月八日判決・裁判集民事一三九号三九三頁、労働経済判例速報一一六三号三頁)。

したがって、当時、被控訴人の職員であった控訴人が被控訴人の業務に関連する意見を対外的に発表する場合、それが、被控訴人の業務外における私的な活動と評価されるものであったとしても、その内容が被控訴人の業務の運営に支障を及ぼすおそれのある場合、これを厳に慎むべきであり、使用者である被控訴人は、控訴人の被控訴人の事業に関する投書行為について、それが被控訴人に不利益を与えると判断した場合、内容を訂正させたり、投書自体を禁止したりできるし、投書行為を理由として懲戒処分をすることもできるのである。ましてや、道路公団勤務という肩書を付して発表する投書であれば、世間一般は、その投書内容について、素人的な意見ではなく、真実性の高い根拠を有する権威ある見解であると受け止めるのであって、被控訴人の事業に対する影響は極めて大きいことから、被控訴人の就業規則においてもみだりに被控訴人の名称を用いることを禁止しているのである。

いやしくも投書によって、対外的に被控訴人の見解と異なる多摩川河川敷ルートを主張するのであれば、投書に先立って、その内容の正当性や被控訴人の事業への影響について十分な調査をすべきであるし、また、上司や関係部署に相談し、その許可を得る等投書内容が被控訴人の事業遂行上の不利益とならないよう十分な配慮をすべきことは、被控訴人職員である控訴人としては当然の義務である。しかるに、控訴人は、本件投書をする前にそれらの調査をしていないし、被控訴人の関係部署や上司に相談したり、自己の意見を上申したり、なぜ多摩川を利用できないのかということを関係者に尋ねることすらせず、いきなり本件投書をしたのである。

(二) 控訴人は、本件懲戒停職処分が憲法二一条の保障する表現の自由を侵害するものである旨、本件投書による控訴人の意見の発表を理由に懲戒処分という制裁でこれを抑圧することは、被控訴人の職員に対する懲戒権限を濫用するもので、明らかに公序良俗に反する行為であり、無効である旨、主張する。

しかし、憲法二一条は、国家が国民に対して保障した権利であって、企業と当該従業員との関係を直接規律するのではないから、憲法二一条の趣旨を当該就業規則の解釈等に当たり斟酌すべきであるということができるとしても、本件投書に対する本件懲戒停職処分が憲法二一条に違反し無効であるとはいえない。したがって、私人間の契約である労働契約上、合理的な理由がある場合、被控訴人は、控訴人の投書行為について、投書内容を訂正させたり、投書行為そのものを禁止したりすることができるのは当然の理であるし、その投書行為を理由として懲戒処分を課することもできるのであって、控訴人は、被控訴人の正当な業務を妨害し、あるいは被控訴人の対外的信用を毀損するような投書行為を好き勝手にできるわけではない。控訴人に求められている誠実義務とは、控訴人が被控訴人と雇用契約を締結することによって、当然に発生する義務であり、被控訴人の経営形態や事業内容が公的な性質を持つか、あるいは私企業的な性質を持つかということとは直接の関係を持つものではない。むしろ、雇用契約上の誠実義務の程度という点に着目するならば、被控訴人の経営形態が公的な性質を持ち、その事業が首都圏の密集市街地において首都高速道路を建設、管理するという、関係地元住民や地権者等の生活や権利に密着した極めて公共性の高い内容であり、したがって、被控訴人に寄せる一定の信頼感なくしては遂行できないものであることを考えると、被控訴人の構成員としてその業務を遂行する職員には、一般私企業の従業員以上に、より一層の慎重な発言と行動が求められているといえる。

(三) 被控訴人の就業規則上の禁止行為は、企業の秩序維持上これを列挙しているものであって、故意による行為に限定されてはいない。就業規則上の禁止行為がいずれも故意にされることを想定したものであり、過失による行為をその対象から除外していることは明らかである旨の控訴人の主張は、過失犯は特に定めがない限り処罰の対象とならないとする刑法上の理論をそのまま民事法に適用しようとするものであって、失当である。

本件投書が仮に被控訴人以外に向けられたものであったとしても、被控訴人の職員である控訴人は、川崎縦貫道(一期)の事業の状況について十分に知っていたはずであり、本件投書が掲載された場合、その主張の是非は別としても、同路線の事業に著しい影響を与え、その結果被控訴人に対して不利益を与えることも充分あり得ることを予見できたはずである。まして、その内容が被控訴人や関係行政機関の決定を真っ向から否定するものであることを考えるとき、被控訴人に対し、予定された事業を阻止しこれを妨害しようとする意図に出たものであるといっても過言ではない。それにもかかわらず、あえて本件投書行為を行い、被控訴人の円滑な事業遂行を阻害したことは、被控訴人職員としての誠実義務を欠くものであって、就業規則上の禁止行為に該当する。

(四) 本件投書行為の基本的問題は、控訴人が川崎縦貫道(一期)の事業状況を知っていながらあえて本件投書行為を行い、同路線の事業遂行に悪影響を与えたことである。本件投書の内容の真実性の如何にかかわらず、控訴人の主張する多摩川河川敷ルートは被控訴人や関係行政機関の既定方針や対外的説明に反していることは明らかであり、そのことは控訴人自身充分知悉していたのであるが、あえて被控訴人の組織内において関係者や上司に意見上申等も行わず、いきなり本件投書行為を行い、川崎縦貫道(一期)の事業に悪影響を与えたことは、被控訴人職員としての誠実義務を著しく欠いているといわざるを得ない。したがって、仮に控訴人の主張のとおり、本件投書の内容について真実性が認められるとしても、控訴人の本件投書行為に関する責任は減殺されることはない。

(五) 被控訴人や関係行政機関において、国道四〇九号ルートを最適であると判断したのは、技術面、予算面等を検討し総合的に判断した結果である。

控訴人主張の多摩川河川敷ルートを利用した場合においても、国道四〇九号ルートから多摩川にシフトする際に工場地域を通過することとなるため、路線選定を検討した当時の試算では、国道四〇九号ルートに比べ用地買収面積は約六割増、事業費は三から四倍増となる。加えて、高速横羽線、産業道路などの主要道路とアクセスする部分について、インターチェンジを河川敷内に設けることは橋脚が集中的に配置され、治水上の問題が生じることから不可能であり、必然的にインターチェンジは堤内地に設けざるを得ないので大規模な用地買収が必要となる。

川崎縦貫道(一期)の事業費が増加し、それは主として用地費の増加によるものであるが、これは急激な地価高騰によって用地単価が上昇したことがその原因なのであって、仮に多摩川河川敷ルートを選択した場合であっても同じである。

控訴人が立証する河川敷内に設置された施設の実例は、河川を横断占用しているもの、高規格堤防上の土地を利用した施設であるもの、河川敷を平面的に利用するもの、一時的に移転の上、高規格堤防が完成後に再度設置される予定のものであり、いずれも河積阻害の問題はない。

高架構造により河川敷を縦断的に占用して高速道路を建設することは、治水上の問題(河積阻害による洪水時の通水能力の低下、洗掘による橋脚周辺地盤や堤防の崩壊等)が多いため許されない。河川における工作物の設置基準について定めた「工作物設置許可基準」(平成六年九月二二日建設省河川局治水課長通達)の運用においても、河川敷を縦断的に占用して高速道路を建設することは、工作物を支える多くの柱や基礎等により流下断面が減少し、洪水の疎通阻害が生じ、洗掘を助長し堤防や護岸に悪影響を及ぼすことから、道路を設けることは認めないことを基本とすることとされている。高規格堤防特別区域については、通常の土地利用が可能であるため、工作物設置許可基準の適用外であり、工作物の設置に関する制限が緩和されているから、理論的には、連続高規格堤防上を利用して高速道路を建設することは可能であるが、高規格堤防は市街地側に幅広に設置することによって強度を高める構造であるため沿川の都市整備と調整を図りながら少しずつ堤防を構築していくものである。したがって、連続的な高規格堤防の整備を完了するには、相当に長期の整備期間が必要となる。堤防整備が完了するまでは高速道路を建設することができないのであるから、連続した高規格堤防上に高速道路を建設することは現実的ではない。

(六) 被控訴人は、控訴人が本件投書に「道路公団職員」の肩書を付したことについて就業規則四条四号に定める禁止行為に違反するものとして、本件懲戒停職処分の理由の一つとしたものである。

控訴人は、右肩書によって被控訴人職員が投書者であることは特定できないと主張する。本件投書の内容は専ら被控訴人に関するものであり、かつ、投書主が被控訴人の内情に極めて通暁していると考えられることからして、川崎縦貫道(一期)に直接関係している地元住民、地権者等は勿論のこと、一般読者においても、投書の肩書は「道路公団職員」と表示しているが、投書者は被控訴人職員であると容易に推定できる。当然、本件に関する地元関係者等からの問い合わせは、当然の如く被控訴人職員であるとの認識を前提にしたものであったし、昭和六三年九月五日の川崎市議会における近藤議員の質問も、投書者は被控訴人職員であることを前提に行われた。また、控訴人が神奈川新聞社宛に本件投書を送付した際には、肩書を「首都高速道路公団」と記載していたが、神奈川新聞社の方で「道路公団勤務」と修整した上掲載したのであり、控訴人は投書をした時点では、「首都高速道路公団」という肩書を付することによって、投書内容の信頼性及び社会的評価を得て、その影響力をより一層強めようと意図していたことが推認できる。控訴人の主張は、自らの投書時の肩書が、神奈川新聞社によって変更されたことに藉口して、責任を免れようとするものである。

控訴人の、日刊新聞に投書する場合、勤務先の名称を使用することは、社会的に相当な行為である旨の主張は争う。仮に、控訴人の主張に沿って考えても、本件投書が行われた時期は、川崎縦貫道(一期)のルート選定について、所定の手続に従って、既に国道四〇九号ルートに決定しており、同ルートについて被控訴人としても川崎市議会や地元住民、地権者の理解を得るために、地元説明会等を通じて説得の努力を重ねている状況であった。被控訴人職員である控訴人は、川崎縦貫道(一期)の事業がそのような状況にあることを充分知っていたはずであり、同路線の事業遂行の妨げとなるような内容の投書は厳に慎しむべきであり、ましてや投書の肩書を「道路公団職員」とし、あたかも被控訴人内部において前記決定に異論があるような誤解を生ずるような行為は、厳に慎むべきものである。

(七) 控訴人主張の損害額について

控訴人主張の損害の発生は争う。

前記2(一〇)(1)①中のアないしエ、ク、コの金額の計算方法に誤りはない。

オ(時間外手当)は、正規の勤務時間外に勤務することを命じられて、実施した職員に対して支給されるものであり、カ(深夜手当)は、午後一〇時から翌日の午前五時までの間に勤務することを命じられて、実施した職員に支給されるものであり、キ(日額旅費)は、所定の用務のために旅行命令を受けて実際に旅行した職員に対して支給されるものである。これらの手当等はいずれも勤務実績や旅行実績に応じて支給されるものであり、定期的、固定的に支払われる性質の手当等ではないから、本件懲戒停職処分による実損として請求することは妥当でない。

ケ(年度末特別手当)の金額の計算は三万〇九三〇円が正しい。

前記2(一〇)(1)②(慰謝料)、同③(弁護士費用)は争う。

前記2(一〇)(2)の追加請求分中②のアないしオの金額の計算方法に誤りはない。

前記2(一〇)(2)の追加請求分中①アの特殊手当は、指定現場(危険を伴う工事現場)において監督等の業務に従事する現場監督員に対して支給されるものである。この手当は指定現場において実際に勤務した場合に支給されるものであり、定期的、固定的に支払われる性質の手当ではないから、本件懲戒停職処分による実損として請求することは妥当性を欠いている。

前記2(一〇)(2)の追加請求分中①イの慰労出張旅費は、被控訴人の公団職員給与規定上存在しない旅費(手当)である。

(八) 控訴人は、被控訴人が控訴人の昭和六三年度年末特別手当を全額支給しなかったことは、違法である旨主張する。

特別手当の支給については、給与規程一五条一項及び二項において、「特別手当は、原則として、毎年夏季、年末及び年度末において、それぞれ別に定める日に在職する職員に対してそのつど定める日に支給する。」、「特別手当の額は、予算の範囲内において、その支給を受ける職員の勤務成績を考慮してそのつど定める。(以下省略)」と規定されている。さらに同規程を受けて、特別手当の支給の都度、理事長決裁により、具体的な支給基準を決定している。停職処分期間中に支給基準日がある場合に特別手当の全額が不支給となることについては、当該理事長決裁で決定する支給基準に定められている。昭和六三年度年末特別手当について述べれば、理事長決裁は、給与規程一五条一項に規定する支給対象者である「別に定める日に在職する職員」の具体的な定義について、支給基準日である「昭和六三年一二月一日に在職する職員」であるとしたうえで、同日において停職処分期間中の者及び就業規則二六条一項四号により休職を命ぜられている者(他機関への出向休職者)を支給対象から除外しているのである。控訴人の場合も、同日において停職処分期間中であったため、年末特別手当が全額支給されなかったのである。

被控訴人から労働組合宛昭和六三年一一月二四日付けで通知された昭和六三年度年末特別手当に関する回答書には、「勤務評定による増減は今回は行わない」旨記載されているが、停職処分期間中の者が支給対象者から除外されたのは、理事長決裁において、支給対象者である「昭和六三年一二月一日に在職する職員」から停職処分期間中の者が機械的に除外されている結果である。これは「支給基準日主義」の考え方によるものであり、支給基準日において停職処分期間中の者、他機関への出向休職者については、支給基準日において労働の提供がなかったことによって、反射的に特別手当が不支給となるものであって、停職処分を受けた事実に対して、勤務評定を実施し、特別手当不支給を決定したわけではない。

控訴人は、年末特別手当の性質は給与の後払いであるから、控訴人に対し、支給しないとする年末特別手当は、処分日以後、年末の同年一二月三一日までの期間に相当する年末特別手当を停職期間中の年末手当として支給しないとの趣旨であって、年末特別手当支給額の起算日である同年七月一日から停職処分の前日までの期間に相当する年末特別手当は支給されるべきである旨主張する。しかし、前記理事長決裁のとおり、特別手当の支給基準は、支給基準日における在職の有無であって、特定の期間に対応した給与の後払いではないし、被控訴人の特別手当の支給基準においては、起算日という概念は存在しない。

また、就業規則四〇条は、停職処分の内容について、「三箇月以内の期間を定めて出勤を停止する。このときは、その期間中の給与は支給しない。」と規定している。この規定の趣旨は、停職期間中においてはいかなる給与債権も発生しないということである。支給されない「給与」に、月々支払われる給与(いわゆる月例給与)が含まれることはいうまでもないが、給与規程二条は、「職員の給与は、基本給及び諸手当」であると定義し、同条二号において、「諸手当」の中に「特別手当」が含まれていることを規定しており、特別手当もまた給与に含まれる。したがって、就業規則四〇条に規定する停職処分の期間中にある者は、当該処分の効果として、期間中の月例給与及び特別手当が支給されないのである。具体的には、月例給与は、停職処分のために労働が提供されなかった期間に対応する給与が支給されず、特別手当は、停職期間中に支給基準日がある場合にその全額が支給されない。

そして、支給基準をより明確にするために、支給時期の都度定める理事長決裁においても特別手当ての支給実務上の理解の便のために、注意的に支給対象者から停職者を除外する旨を規定しているのである。

被控訴人はその経営形態、事業内容等の公共的性格から、人事、給与に関する諸制度については基本的に国家公務員の制度に準拠しており、前記のような支給日基準主義及び停職処分期間中の者を支給対象者から除外するという制度は、国家公務員の期末手当及び勤勉手当の支給について定めた人事院規則九―四〇第一条三号及び第七条二号の規定に準拠しているものである。

なお、昭和六三年度年末特別手当の支給についての被控訴人理事長決裁案4は、特別手当の支給基準の詳細について、理事長まで内部的な意思決定を行うために決裁を添付した文書であり。案4で決定した支給基準について実際に内部の各所属長あてに送付され、職員に周知された文書が甲六号証である。甲六号証に支給対象者から停職処分期間中の者や出向休職者を除外することに関する記載がないのは、停職処分期間中の者については当該処分時に、出向休職者については出向発令時に、それぞれ個別に特別手当の支給対象から除外されることについて説明しているからであって、ことさらに全職員に周知する必要はないという極めて事務的な判断として記載を省略しているに過ぎない。被控訴人の人事給与担当部局における内部的な意思決定、決裁行為として、決裁上にその旨明記することと、それを職員に対し周知する文書に記載するか否かは別問題である。

第三争点に対する当裁判所の判断

一  争点1のうち(一)(表現の自由と本件懲戒停職処分)について

憲法二一条は、国家が国民に対して保障した権利であって、企業とその従業員との関係を直接規律するものではないから、憲法二一条の趣旨を、被控訴人の就業規則の解釈適用に当たり、斟酌すべきであるとしても、本件懲戒停職処分が本件投書行為に対してされたからといって、当然に憲法二一条に違反し無効であるということはできない。

控訴人が、第二(事案の概要)一2(一)に主張する点を考慮しても、右判断を左右するものではない。

二  争点1のうち(二)(本件懲戒停職処分事由の存否)について

1  本件懲戒停職処分の理由の構成

前記懲戒処分理由書に処分の理由として記載された事項のうち、控訴人の直接の行為を摘示する部分は「貴殿は、標記の格及び職名の地位にあるところ……今回、昭和六三年九月三日付け神奈川新聞に投書し、この投書のなかで、川崎縦貫線(一期)につき、管理費及び代替地について、著しく事実に反することを述べ、あまつさえ、当該路線の選定が、公団として最適の決定であることを十分知悉しながら、同路線選定に批判を加えた。」との部分であり、右行為による結果及び就業規則適用上の評価を記載した部分は「このことにより、地元関係者はもとより、関係各方面に多大な混乱を生ぜしめ、もって、公団の名誉は著しくき損され、公団業務の遂行が支障をきたしたほか、公団の職場秩序は著しく乱された。」との部分と認められる。

したがって、本件懲戒停職処分の理由となった控訴人の直接の行為は、

「標記の格及び職名の地位にある控訴人が、本件投書をし、

① その中で、川崎縦貫線(一期)につき、管理費及び代替地について、著しく事実に反することを述べたこと、

② その中で、川崎縦貫線(一期)の路線の選定が、公団として最適の決定であることを十分知悉しながら、同路線選定に批判を加えたこと、」

であり、右行為による結果及び就業規則適用上の評価は、

③ 「右行為により、地元関係者はもとより、関係各方面に多大な混乱を生ぜしめ、もって、公団の名誉は著しくき損され、公団業務の遂行が支障をきたしたほか、公団の職場秩序は著しく乱された。」というものである。この③の趣旨は、①②の行為により、地元関係者はもとより、関係各方面に多大な混乱を生じさせ、そのことにより即ち、ⅰ被控訴人の名誉は著しく毀損された、ⅱ被控訴人の業務の遂行が支障を来した、ⅲ被控訴人の職場秩序は著しく乱された、というもので、右ⅰは被控訴人の就業規則四条一号前段に、ⅱは同四条一号後段に、ⅲは同四条五号に対応するものと解することができる。

また、控訴人の行為が該当する条項として被控訴人の就業規則四条四号が挙げられているところ、前記控訴人の直接の行為を摘示する部分にも、右行為による結果及び就業規則適用上の評価を記載した部分にも、右四条四号に該当する事実は明示されていない。しかし、被控訴人は、本件投書が掲載された際に控訴人の氏名に「道路公団勤務」との肩書が付されていたことも、本件懲戒停職処分の理由の一つとしたものである旨主張し、控訴人もそれを争わず、就業規則所定の禁止行為に該当するものでないと争っているのであるから、

④ 「本件投書が掲載された際に控訴人の氏名に「道路公団勤務」との肩書が付されていたこと」

が、本件懲戒停職処分の理由の一つであったことは、当事者間に争いがないものとするほかはない。

それ以外の、「昭和六二年一二月一八日付けをもって、人事部長から文書をもって警告を受けたにもかかわらず、」との部分は、警告を受けた前歴があるとの情状に関する事実を摘示した部分、「この所為は、首都高速道路公団就業規則三条並びに四条一号、四号及び五号に該当するものである。」との部分は、被控訴人の就業規則に記載された職員の義務のうち前記の控訴人の行為が該当する条項を摘示した部分であり、「よって、同規則四〇条の規定に基づき停職三か月に付する。」との部分は、懲戒処分の根拠条文と懲戒処分の内容を示した部分であることは、明らかである。

2  本件投書内容と被控訴人との関連性について

この点についての判断は、原判決二八頁四行目から同三二頁八行目までのとおりであるから、これを引用する。

3  本件懲戒停職処分の事由についての証明責任

本件の主位的請求は、本件懲戒停職処分が無効なものであり、被控訴人の故意又は過失により、控訴人が被控訴人の職場で勤務すべき労働の権利を妨害したうえ、給与等を支払わず控訴人に損害を与えたとして、不法行為を理由に損害賠償を請求するものであるところ、被控訴人の職員であった控訴人は、その契約上の地位に基づいて、給与等の支払いを受ける権利を有していたのであり、本件懲戒停職処分により、就業が停止され、給与その他の手当等が支給されずあるいは減額されてその権利が侵害されたのであるから、そのような措置の違法性を阻却する事由、即ち本件懲戒停職処分を適法とする事由があることは、被控訴人が証明責任を負うものである。

なお、本件懲戒停職処分の事由にいう、「被控訴人の名誉は著しくき損された」というのは、本件投書の内容によって被控訴人の名誉が毀損されたというものではなく、①②の行為により、地元関係者はもとより、関係各方面に多大な混乱を生じさせたことにより即ち、被控訴人の名誉が著しく毀損されたという趣旨であることは、前記の本件懲戒停職処分の理由の構成から明白である。したがって、本件投書にかかる①②の行為の存在、それらの行為により、地元関係者はもとより、関係各方面に多大な混乱を生じさせたこと、そのような多大な混乱を生じさせたことにより即ち、被控訴人の名誉が著しく毀損されたことは全て被控訴人が証明責任を負うのであり、通常の名誉毀損による損害賠償請求のように、本件投書の記載内容が、公共の利害に関する事実に係り、もっぱら公益を図る目的に出た場合で、記載事実が真実であること、あるいは記載事実が真実と信ずることについて相当の理由があることの証明責任が、投書者である控訴人にあると解するのは相当でない。

4  控訴人は、本件投書の中で、川崎縦貫道(一期)につき、管理費について、著しく事実に反することを述べたか

(一) 本件投書中の管理費についての記載は、「自動車トンネルときては、高架道に比べ三倍の工事費、一〇倍の管理費、そして車両火災時の安全性も問題だ。」というもので、川崎縦貫道は、用地確保の困難な市街地ルートから、多摩川の河川敷を利用するルートに変更し早期完成を図るべきであるとの全体の論旨の中で、市街地ルートについての地元説明会で住民が善処を求めた事項の一つである、高架予定地の地下化に関して、地下化(トンネル化)した場合の問題点を指摘したものと解される部分である。

(二) 被控訴人は、右記載の、自動車トンネルは、高架道に比べ一〇倍の管理費が必要であるとの部分が著しく事実に反する旨主張する。

被控訴人の、高架道路部分とトンネル部分との、それぞれの一キロメートル当たりに必要とされる維持修繕費及び高速道路改築事業費の比率を認可予算額を基礎として計算すると、昭和五五年度から平成五年度までの平均では、トンネル部分は高架道路部分の三・三三倍、右期間を一年ごとに見た最低は二・三九倍(昭和六〇年)、最高は三・八八倍(昭和五七年)であった。また、右のうち、維持修繕費の比率を、昭和五六年から昭和六三年までの平均で見ると三・六二倍、右期間を一年ごとに見た最低は三・〇八倍(昭和六〇年)、最高は四・二三倍(昭和五七年)であった。右各算出の基礎となった予算科目では、路線の建設段階で必要となる費用は工事費とされ、これに対する概念として路線の開通後に必要となる費用は維持修繕費及び高速道路改築事業費とされており、維持修繕費には維持費(高架道路本体あるいはトンネル本件及びそれらの付属設備の機能維持のための費用である電気料、水道料、清掃費等)と修繕費(高架道路本体あるいはトンネル本体及びそれらの付属設備の点検、補修、修繕のための費用、付属設備の改修及び取り替えのための費用等)が含まれ、高速道路改築事業費には高架道路本体あるいはトンネル本体及びそれらの付属設備の改築のための費用、大規模な付属設備の改築及び取り替えのための費用が含まれている。これらの費用はまさしく管理費というべきものであるが、右認定の事実によれば、本件記事中の、自動車トンネルは、高架道に比べ一〇倍の管理費が必要であるとの部分が著しく事実に反するものというべきである。

(三) これに対し、控訴人は、維持管理と維持修繕とは異なる旨、被控訴人の予算支出の科目で言えば、高速道路管理費、一般管理費の内、トンネル部分管理要員(委託業者を含む。)の人件費だけで、高架部分に比較して優に一〇倍を超える旨、トンネル部分の用地買収費の償還も、トンネル用地を買収したために必要となる費用であるから、広い意味でトンネル部分を維持するための費用と言うことができる旨、照明設備の維持管理費も、夜間点灯の高架道と二四時間点灯のトンネル部分では優に一〇倍以上の費用の差が生ずる旨、今後のトンネル道では、トンネル内の防災設備の充実、トンネル内のNOx除去設備等の設置が必要であることを考慮すると、トンネル部分の維持管理費用は現状よりも著しく増大する旨主張する。

右主張のうち、用地買収費の償還に要する費用は、被控訴人の予算科目を離れた社会一般の用語としてみても管理費というのは相当でないし、右主張でいうような照明設備の維持管理費は被控訴人の予算科目の維持修繕費に含まれているものとして前記対比に算入されていると解される。また、トンネル内の防災設備の充実、トンネル内のNOx除去設備等の設置が現実に必要とされるのであれば、川崎縦貫道にトンネル部分が設けられると仮定した場合それらは当初から設置されるはずであり、それに要する費用は工事費に該当するもので、管理費とはいえない。他方、本件投書当時の技術水準、社会的に必要とされる水準では、当初から設置されるものではないが、後日、技術の進歩、社会の要求の高度化により設置が必要となるものが生じ、それを設置するならば、それに要する費用を管理費と見ることも可能であるが、後日設置が必要なものが生じる可能性があるのは高架道路部分でも同じであり、またそれぞれ何の設置が必要になるか判明しない以上、その費用を対比することもできない。したがって、以上の各事項を管理費として対比の対象に含めるべきであるとの控訴人の主張は採用できない。

他方、トンネル部分の管理に要する人件費、業務委託費をトンネルの管理費とみる考え方自体は一般に充分に成り立つところであり、控訴人自身、被控訴人においてトンネルの管理を担当していたこともあり、被控訴人の職員、委託関係を含め、トンネルには大変な人員を割いており、道路延長による人員増もあるが、トンネルができたことが人員増の主たる原因であると実感していると述べ、現に、被控訴人の神奈川管理部における施設担当職員数も、管内の四つのトンネルが開通した昭和五三年に前年までの七名が一二名に、さらに一つのトンネルが開通した昭和五九年に前年までの一一名が一三名に増えている。しかし、右の各時期にはトンネルとともにトンネルでない道路も開通したものであろうから、右の人員増には、トンネル以外の部分の管理のための人員増も含まれていることは当然であり、トンネルの管理の業務があるために増えた人員は右の数字からは明らかではない。

そして、控訴人は、自動車トンネルは、高架道に比べ一〇倍の管理費が必要であるとする根拠としては、被控訴人の主張した対比に織り込まれた事項以外には、前記のような社会的に見て採用できない根拠か、自動車トンネルは、高架道に比べて管理費が多く必要である、優に一〇倍必要であるとのおおまかな実感を挙げるのみで、それ以上に、一〇倍という具体的数値を算出した控訴人なりの算出根拠すら示していないのであるから、自動車トンネルは、高架道に比べ一〇倍の管理費が必要であるとの部分が著しく事実に反するとの前記判断を揺るがすことはできない。

5  控訴人は、本件投書の中で、川崎縦貫道(一期)につき、代替地について、著しく事実に反することを述べたか

(一) 本件投書中の代替地についての記載は、「代替地は過去、首都高各路線で強く要求されたが、全く同一条件の土地などこの世に皆無で、折り合いが非常に難しく、首都公団始まって以来、代替地提供はゼロに近く、ましてや事業用地が多く、地価狂騰の川崎では至難の業だ。」というもので、川崎縦貫道は、用地確保の困難な市街地ルートから、多摩川の河川敷を利用するルートに変更し早期完成を図るべきであるとの全体の論旨の中で、市街地ルートについての地元説明会で住民が善処を求めた事項の一つである、代替地の要求に関して、代替地提供が難しいことを指摘したものと解される部分である。

(二) 被控訴人は、右記載の、首都公団始まって以来、代替地提供はゼロに近くとの部分が著しく事実に反する旨主張する。

被控訴人は、用地の取得等に対する補償は金銭によることを原則としているが、被補償者の事情等を斟酌してやむを得ない場合は代替地の提供も行ってきたこと、代替地の提供の場合、被補償者の希望に添う代替地を選定し取得することは非常に困難なことであるが、被控訴人が設立され事業を開始した昭和三四年度から昭和六三年度までに、被控訴人が自ら取得した代替地の面積は、累計で一一万四七二九・九七平方メートルであり、これは、被控訴人が道路建設のために取得した民地の総面積の約一割であり、民間に提供した代替地は三万二九二四・四四平方メートル(一四〇件)である。右数値から被控訴人が道路建設のために取得した民地の総面積は一一四万七〇〇〇平方メートル前後と推認されるから、民間に提供された代替地の面積は、取得した民地の面積の二・九パーセント前後と推認される。

しかし、被控訴人が、用地の取得等に対する補償は金銭によることを原則とし、被補償者の事情等を斟酌してやむを得ない場合は代替地の提供も行ってきたことからすると、用地の提供者はその多くが売買によることを前提としていたものと推認されるのであり、真に代替地を必要とするような事情があるとか代替地の提供を強く主張する用地提供者の提供した用地に対する代替地の面積の割合は、前記の数値を大きく上回るものと推認される。

そうすると、被控訴人が民間に提供した代替地は三万二九二四・四四平方メートル(一四〇件)あり、真に代替地を必要とするような事情があるとか代替地の提供を強く主張する用地提供者の提供した用地に対する代替地の面積の割合も相当に高いのであるから、これを、ゼロに近いということは、著しく事実に反するものといわざるを得ない。

控訴人は、本件訴訟提起の段階で、被控訴人の高速道路の面積は約九三四万平方メートルであるから、被控訴人が民間に提供した代替地三万二九二四・四四平方メートルはゼロに近いとも主張するが、民間に提供した代替地と対比するのは民間から取得した道路用地の面積、しかも、真に代替地を必要とするような事情があるとか代替地の提供を強く主張する用地提供者の提供した用地の面積とするのが相当であり、右主張は採用できない。

6  控訴人は、本件投書の中で、川崎縦貫道(一期)の路線の選定が、公団として最適の決定であることを十分知悉しながら、同路線選定に批判を加えたか

(一) 控訴人は、本件投書の中で、理由を挙げて、川崎縦貫道(一期)の路線は市街地ルートではなく多摩川の河川敷のルートに変更すべきことを主張し、市街地ルート(国道四〇九号ルート)の選定に批判を加えたことは明らかである。

(二) 被控訴人内部において、川崎縦貫道(一期)の路線を国道四〇九号ルートとする旨の選定の意思決定、即ち、川崎縦貫道計画調整協議会(協議会)の構成員として、他の構成員の意見も踏まえ被控訴人としては協議会において国道四〇九号ルートに賛同する旨の意思決定が、どのような機関により何時されたかを的確に認定するに足りる証拠はない。

被控訴人は、昭和五九年度予算で川崎縦貫道の調査費を正式に計上し、既存の羽田横浜線と交差する部分のインターチェンジの計測、沿道の環境調査等の路線調査を行い、昭和六〇年度の事業計画でも川崎縦貫道に該当する路線は重点調査区間とされ、昭和六一年度の事業計画でも川崎縦貫道(一期)の基礎調査を実施するものとされ、そのための調査費が予算に計上されており、昭和六二年度の事業計画では、川崎縦貫道(一期)が建設事業に新規に採択され、路線調査を行うものとして、予算が計上されていたもので、それらの事業計画及び予算の骨子は、部内向け広報誌である「らんぷ」あるいは、部外向け広報誌とみられる「首都高速」に掲載された。これらの調査では、当時から被控訴人が最有力のルートと考えていた国道四〇九号線ルートを中心に調査がされたが、それらの広報誌の記載には、そのことをうかがわせる記載はなかった。前記の広報誌には、首都高速道路網図が掲載され、被控訴人の建設、供用する高速道路が東京、川崎、横浜周辺の略地図上に、供用区間、建設事業の継続施行区間、建設事業の新規採択区間、調査区間等に分けて表示されているが、その図上では川崎縦貫道に相当する区間は、多摩川の右岸から幾分川崎市内寄りに表示されているものの、極めて小縮尺の略地図であるため、それが国道四〇九号線ルートであるとは識別できない。

しかし、事案の概要において引用した原判決記載の争いのない事実及び前提事実2並びに前記2に引用した原判決の認定判断のとおり、川崎縦貫道(一期)の場合、都市計画権者は神奈川県知事であるが、都市計画案の元になる都市計画原案は川崎市が作成するものであるところ、実際にはその都市計画原案の作成に当たっては、神奈川県、川崎市、建設省、被控訴人を構成員とする協議会において広域的な見地でルート、構造等の合意形成を行ったもので、協議会は、昭和六二年一一月九日、ルートを一般国道四〇九号沿い、構造を高架及び堀割(一部蓋かけ)とする最終案を決定し、この最終案を都市計画原案とし、同月一〇日及び一四日に、協議会の事務局である建設省川崎国道工事事務所が川崎市議会の「川崎縦貫道路等に関する特別委員会」に対し説明し、同月一五日に各新聞が川崎縦貫道一期分は国道四〇九号ルートに決定された旨報道したものである。したがって、川崎縦貫道のうち高速道路部分の事業予定者として協議会の構成員であった被控訴人も、右昭和六二年一一月九日までには、国道四〇九号ルートとすることに賛同する意思決定をしていたものと推認される。

また、昭和六三年三月に発行された被控訴人の「技報第二〇号」には、被控訴人の湾岸線建設局調査課の職員二名が「川崎縦貫線(1期)の路線計画」との表題で川崎縦貫道のルート、構造について記述するとし、ルート選定の経緯として、多摩川右岸ルート、多摩川河川ルート、国道一三二号沿いルート、国道四〇九号沿いルートの比較検討の結果国道四〇九号ルートが選ばれた旨報告している。そして昭和六三年七月八日に被控訴人の技術発表会でも同様の表題で報告がされ、控訴人もその技術発表会に出席しその報告を聞き、その場で質問もしていた。「技報」は、被控訴人職員相互の技術的情報の交換と技術的足跡の記録を目的とし、併せて公団技術の外部に対する広報活動の手段とするもので、被控訴人の業務に関する技術的アイデアであれば個人的なアイデアの発表も認められ、被控訴人の意思決定を公表する文書ではなく、右報告の執筆者も、被控訴人の意思決定を公表する責任者とも認められないが、現実に路線調査が行われている路線について、考えられる各候補ルートの比較検討の結果国道四〇九号ルートが選ばれた旨の報告を被控訴人の発行する文書に発表する以上、被控訴人の内部で、川崎縦貫道(一期)について国道四〇九号ルートとする意思決定がされ、責任者の了解のもとに発表されたものと認めるのが相当であり、控訴人もそのことは認識していたものと認められる。

よって、控訴人は、本件投書当時、川崎縦貫道(一期)の路線の選定が、協議会の決定であるばかりでなく、被控訴人の決定であることを知悉していたものと認められる。

(三) 本件懲戒停職処分の理由の「当該路線の選定が、公団として最適の決定であることを十分知悉しながら、」との部分はその趣旨が必ずしも明確ではないが、「公団として最適の決定」との文言に着目すれば、川崎縦貫道(一期)の路線の選定が、(客観的に最適か否かはともかく)被控訴人が最適のものとして決定したものであることを十分知悉しながらとの意味と解するのが相当である。

協議会が国道四〇九号ルートを選択した理由についての認定判断は、原判決三八頁一行目の「協議会において」から同四五頁九行目までのとおりであるからこれを引用する。

協議会での各ルートの比較検討に供された資料のうち国道四〇九号線ルート以外のルートについての調査は主に建設省が行った。

また、被控訴人内部でも、前記「技報第二〇号」に「川崎縦貫線(1期)の路線計画」との表題で、川崎縦貫道のルート、構造について記述するとして、ルート選定の経緯について、多摩川右岸ルート、多摩川河川ルート、国道一三二号沿いルート、国道四〇九号沿いルートが考えられたとし、各ルートについての特徴を挙げている。多摩川右岸ルートの特徴は、既設道路がないため工場の重要部分を縦断することになり、工場機能等への影響が甚大であること、河川沿いの船の荷役機能を阻害することであるとする。多摩川河川ルートのうちシールド工法による場合の特徴は、既設幹線道路とのアクセスが困難となること、ランプ部、立杭部における施工が開削施工となり極めて困難であり、さらに工場機能等への影響が甚大であり、膨大な用地も必要となることであるとされている。多摩川河川ルートのうち河川内高架による場合の特徴は、ピアを建てることによって河積阻害により高水疎通能力の低下が生じること、橋脚によるかさ上げにより洪水時に水位が上昇すること、橋脚により流れが乱され橋脚周辺の洗掘、堤体の洗掘が生じることであるとされている。多摩川河川ルートのうち堤体利用の場合の特徴は、地震時や土壌沈下などによる堤体の安全性の低下が生じること、堤防側対応策の安全性を検証するのは非常に困難であることであるとされている。国道一三二号沿いルートの特徴は、東京湾横断道路と直結せず大きな迂回を生じ道路ネットワーク機能が損なわれること、工場や既成市街地を横切り膨大な用地費が必要となることとされている。国道四〇九号沿いルートの特徴は、東京湾横断道路と直結することにより道路ネットワーク機能が果たせること、道路機能、構造上などで地域との整合性が図れることとされている。以上のような比較検討の結果、効率のよい高速ネットワーク、周辺土地利用との調和、施工性、経済性などから、国道四〇九号ルートが選ばれたとされている。

以上のような協議会での検討、被控訴人内部での検討を踏まえて、被控訴人として国道四〇九号ルートを選定したもので、その選定の過程で、本来考慮すべきではない事項を考慮したとか、何らかの理由で検討の過程で最適と考えられた路線を選択しなかったというような事情をうかがわせるに足りる証拠はないから、被控訴人の川崎縦貫道(一期)の国道四〇九号ルートの選定は、被控訴人が最適のものとして決定したものと認められる。

そして、前記「技報第二〇号」での「川崎縦貫線(1期)の路線計画」との表題での報告、昭和六三年七月八日に被控訴人の技術発表会でも同様の表題で報告がされ、控訴人もその技術発表会に出席しその報告を聞き、その場で質問もしていたこと、前記(二)に認定判断したとおり、「技報」は、被控訴人職員相互の技術的情報の交換と技術的足跡の記録を目的とし、併せて公団技術の外部に対する広報活動の手段とするもので、被控訴人の意思決定を公表する文書ではなく、右報告の執筆者も、被控訴人の意思決定を公表する責任者とも認められないが、現実に路線調査が行われている路線について、考えられる各候補ルートの比較検討の結果の要点を前記のとおり報告し、国道四〇九号ルートが選ばれた旨の報告を被控訴人の発行する文書に発表する以上、被控訴人の内部で、川崎縦貫道(一期)について国道四〇九号ルートを最適とする意思決定がされ、責任者の了解のもとに発表されたものと認めるのが相当であり、控訴人も、自身はそれが最適の選択とは考えなかったとしても、被控訴人が最適として選定したことは認識していたものと認められる。

(四) そうすると、控訴人は、本件投書の中で、川崎縦貫線(一期)の路線の選定が、(三)の始めに示した意味での、公団として最適の決定であることを知悉しながら、回路線選定に批判を加えたものである。

7  控訴人の前記1記載の①②の行為により、地元関係者はもとより、関係各方面に多大な混乱を生ぜしめ、もって、公団の名誉は著しく毀損され、公団業務の遂行が支障を来したほか、公団の職場秩序は著しく乱されたか

(一) 前記1①の行為、即ち、控訴人が、本件投書の中で、川崎縦貫道(一期)につき、管理費及び代替地について、著しく事実に反することを述べたこと及び前記1②の行為、即ち、控訴人が、本件投書の中で、川崎縦貫道(一期)の路線の選定が、6(三)の始めに示した意味での、公団として最適の決定であることを十分知悉しながら、同路線選定に批判を加えたことにより、地元関係者はもとより、関係各方面に多大な混乱を生ぜしめたか否かについて検討する。

(1) 協議会において、川崎縦貫道(一期)として国道四〇九号ルートが決定されるに至った経緯は、原判決六頁一行目から八頁五行目までのとおりである。

(2) 川崎市議会に設置された「川崎縦貫道路等に関する特別委員会」においては、複数の委員から協議会において有力案とされた国道四〇九号ルートではなく多摩川の河川敷を利用するルートとすべきであるとの立場からの質問や意見開陳が繰り返しされ、川崎市長も昭和六二年二月、三月ころ多摩川ルートを支持する発言をしたと紹介され、「さきの議会の中で市長が申し上げました多摩川利用案につきましては、従来からの本市の基本的な考え方を申し上げたところでございます。」との市側の統一見解が報告され、昭和六二年三月一六日には、同特別委員会が市長に対し、今後とも国あるいは協議会に対し市の意向を強く働きかけ、有力ルートとされている国道四〇九号線案の見直しが図られますよう委員会の総意をもってお願いを申し上げる旨の意見書が提出された。その後も、同特別委員会で国道四〇九号ルートではなく多摩川の河川敷を利用するルートとすべきであるとの立場からの質問や意見開陳が細り返しされたが、市長が国道四〇九号ルートとする発言をし、協議会の昭和六二年一一月九日の国道西〇九号ルートを最終案とする合意を踏まえて、建設省の担当者が同特別委員会での説明で国道四〇九号ルート以外検討の余地はない旨明言し、委員の中からも国道四〇九号ルートの採用を前提に道路の構造や環境対策の検討に移る発言が出てきた。この間、昭和六一年から昭和六二年にかけて、多数の地元住民や団体から、川崎市議会に国道四〇九号ルートから多摩川河川敷ルートへの変更を求める請願が提出された。昭和六二年一一月一四日以降昭和六三年三月ころまでの間、川崎市の担当者が、国道四〇九号ルートの沿線住民への各地区毎の説明会、地権者への説明会、関係企業に対する説明会を合計一八回開いた。そこでは多摩川河彰敷ルートを採用できない理由についても質問があったが、国道四〇九号ルートの採用を前提に構造や環境対策、代替地、補償等についての質問もあった。その後昭和六三年七月に「川崎縦貫道路の都市計画に関する説明会」が建設省、被控訴人も参加して行われ、地元住民から環境問題、代替地等多方面にわたって質問要望があったが、川崎市の担当者としては、基本的には大方の理解を得ることができたと認識した。また、同年八月には建設省、川崎市、被控訴人が地元住民の要望、意見を聞くための相談コーナーを設置し、疑問、不安の解消に努めた。このように、昭和六三年八月末当時、川崎市議会の前記特別委員会においても、実質上国道四〇九号ルートを受け入れることにまとまり、地元住民もある程度の疑問、不満を残しながら、一応の受け入れ態勢ができ、都市計画原案決定の法的手続を進めることができる状況になったものと川崎市、建設省、被控訴人の担当者は認識していた。

(3) 右認定のような経緯を経た昭和六三年九月三日に、本件投書が神奈川新聞に掲載された。

同年九月五日に開催された前記特別委員会において、近藤委員が、控訴人の投書の要旨を紹介した上、「こうゆう記事が出ているということは、一般市民にとって、あるいは私どもにとって、川崎市で建設省に対してもう少してこ入れをするならば、建設省も動かざるを得ないのかなという気にもなるわけですね。あるいは一般市民に対しては、あれ、川崎市あるいは皆さん方が、ルート、構造については変更できないということで言っているけれども、しかしながら、ここにこうやって公団の人が出ているということは、まだ余地があるのではないだろうかということで、大変混乱を招くのではないだろうかなと思うんですね。したがいまして、これらについて、市当局あるいは建設省、道路公団、これは公団の人ですけれども、私から見れば、意見が一致されていないのではないかなとも見受けるんですけれども、この辺について見解をお聞きしたいなと思います。」と質問し、川崎市土木局長が「これは座間在住の首都高に勤めていられる方の個人的意見と私どもは理解しておるんですが……(中略)……ただ、その表現、例えば顔写真が入っているとか、あるいはまた勤めの関係が出ているとか、そういういろいろなことが出ている関係で、私どもも実はこの記事を見た関係では、非常に誤解を招くのではないかなと思っているわけでございます。個人いろいろとご意見がございますので、そういう意味で申されたと私どもは理解しております。」と答えたのを受けて、近藤委員が「個人の見解と理解しているということですが、いずれにしても、こういう記事が出るということは、市民が大変惑わされるといいますか、混乱をされるような内容でございます。たまたま出た人が道路公団ということでございますから、三位一体でやっているのに、道路公団の人がこう言っているではないかということになるわけですけれども、この辺について今申し上げたわけですけれども、見解について一応お聞きしましたので、以上で終わります。」と発言している。

近藤委員は、かつては同特別委員会で、国道四〇九号線ルートでなく他のルートを検討してほしい、河川敷ルートは地域住民の要望が極めて高いと繰り返し意見を述べ質問をしていたが、同年九月五日の質問発言は、前記内容に照らせば、控訴人の投書を根拠に国道四〇九号ルートの変更を求めるものではなく、国道四〇九号線ルートは動かせないものと考えながら、一般市民は、多摩川河川敷ルートへの変更の余地があると考えて混乱を招くのではないかと危惧するという趣旨であり、本件投書は控訴人の個人的意見であることは認識しつつ、建設省、川崎市、被控訴人の三者が協力して事業を進めているのに、被控訴人職員が多摩川河川敷ルートにすべきであるとの本件投書をしたことを遺憾とする趣旨も含まれているものと解することができる。

(4) 協議会の他のメンバーからは、被控訴人に対し、厳しい非難がされた。

まず、本件投書の三日後の同年九月六日に川崎市土木局広域交通対策室から被控訴人計画部長に対して電話で、同月八日に同じく川崎市土木局広域交通対策室から被控訴人計画部第二計画課長補佐及び被控訴人湾岸線建設局川崎縦貫線調査事務所長に対してアセスメント関係の調整会議の席上で、同月九日に建設省関東地方建設局川崎国道工事事務所から被控訴人湾岸線建設局次長に対して電話で、それぞれ強い非難と遺憾の意が伝えられた。その内容は、協議会のメンバーが都市計画決定に向けて日夜努力しているにもかかわらず、協議会の一員である被控訴人の職員が、このような投書をすると都市計画決定手続に大きな支障を来し非常に迷惑であるというものであった。被控訴人の計画部と湾岸線建設局では本件投書の趣旨や対応策について関係行政機関(建設省、神奈川県、川崎市を指すものと解される。)に説明するのに担当者の時間を割かなければならなかった。

(5) 地元住民や地元町会の役員からは、川崎市や被控訴人へ、国道四〇九号線ルート案は多摩川河川敷ルートへ変更の余地があるのではないか、関係機関の中でも意見統一がされていないのではないかとの問い合わせが殺到し、担当者はその対応に苦慮し、忙殺された。また、国道四〇九号線ルート案に反対する地元の有力者の中には、反対意見の根拠として本件投書の切り抜きを示して引用する者もあった。これらの地元住民に対して川崎市、被控訴人の担当者が国道四〇九号線ルートの変更の余地のない旨の説明を重ねた結果、平成元年一月までには、予定された都市計画原案決定のための手続を進行することができると判断されるまでになった。

《証拠省略》中には、本件投書により急転直下反対運動が再燃した旨の部分があるが、前記のとおり同年八月末でも川崎市の担当者としては、基本的には大方の理解を得ることができたと認識し、地元住民もある程度の疑問、不満を残しながら、一応の受け入れ態勢ができたと認識していたことは同書証自体に記載されており、それは裏から言えば基本的に一部の理解は得られておらず、地元住民はある程度は疑問、不満を残していたということであり、事柄の性質上からも、そうたやすく反対運動がなくなるものとは考えられないこと、川神自身、控訴人に対し、本件投書のために一転反対が起きたというのはちょっとオーバーであることを認めたことに照らし、前記の部分はたやすく信用できない。

(6) 前記(1)(2)のような経過、状況の中で本件投書がされたことにより、(5)のように、地元住民や地元町会の役員からは、川崎市や被控訴人へ、国道四〇九号線ルート案は多摩川河川敷ルートへ変更の余地があるのではないか、関係機関の中でも意見統一がされていないのではないかとの問い合わせが殺到し、国道四〇九号線ルート案に反対する地元の有力者の中には、反対意見の根拠として本件投書の切り抜きを示して引用する者もあったというのであるから、地元住民、地元町会の有力者という地元関係者に相当の混乱が生じたものと認めることができる。また、本件懲戒停職処分理由にいう「関係各方面」とは協議会のメンバーとして川崎縦貫道(一期)の事業の実現を図ってきた川崎市、建設省、神奈川県を指すものと解されるところ、国道四〇九号線ルートに反対する人々を含む地元住民と直接接触して、殺到した問い合わせや苦情を受け、説明説得に当たった川崎市はもとより、予定された都市計画原案決定のための手続を進行することができる状況から再度地元住民への説明、説得が必要になったのであるから、被控訴人以外の協議会のメンバーである川崎市、建設省、神奈川県にも相当な混乱が生じたものと認められる。

もっとも、(3)に認定した特別委員会における近藤委員の質問に対する川崎市職員の答弁にも表れているとおり、本件投書は、道路公団勤務との肩書の記載があるとはいえ、個人としての意見であることは、投書という形態や責任ある地位の職名を肩書とするものでないことから明白であり、それだからこそ、かつては同特別委員会で、国道四〇九号線ルートでなく他のルートを検討してほしい、河川敷ルートは地域住民の要望が極めて高いと繰り返し意見を述べ質問をしていた近藤委員も、控訴人の投書を根拠に国道四〇九号ルートの変更を求めるものではなく、国道四〇九号線ルートは動かせないものと考えながら、一般市民は、多摩川河川敷ルートへの変更の余地があると考えて混乱を招くのではないかと危惧するという趣旨、あるいは、本件投書は控訴人の個人的意見であることは認識しつつ、建設省、川崎市、被控訴人の三者が協力して事業を進めているのに、被控訴人職員が多摩川河川敷ルートにすべきであるとの本件投書をしたことを遺憾とする趣旨の発言をするという常識的な態度に留まったものと解することができる。国道四〇九題線ルートに反対する人々を含む地元住民、地元町会の有力者にも本件投書が控訴人の個人的意見であることは同様に認識することができたものと推認され、それだからこそ、川崎市や被控訴人の説得、説明により四か月後の平成元年一月までには、予定された都市計画原案決定のための手続を進行することができると判断されるまでになったものと認められ、多大の混乱とまでは評価することはできない。

(二) そこで、さらに進んで、控訴人の前記1記載の①②の行為により、地元関係者はもとより、関係各方面に多大な混乱を生ぜしめ、もって、被控訴人の名誉は著しく毀損され、被控訴人の業務の遂行が支障を来し、被控訴人の職場秩序は著しく乱されたかについて検討する。

控訴人の前記1記載の①②の行為により、地元関係者に相当の混乱が生じ、建設省、神奈川県、川崎市等の関係各方面にも混乱が生じたことは右(一)(6)のとおりであるから、その限度で、これにより被控訴人が高速道路部分の事業予定者として関与している川崎縦貫道(一期)の都市計画原案作成の業務の遂行に一時ではあるが支障を来し、被控訴人の職場秩序が著しく乱されたものというべきである。

被控訴人は、控訴人の前記1記載の①②の行為により、地元関係者はもとより、関係各方面に多大な混乱を生ぜしめ、もって、被控訴人の名誉が著しく毀損された旨主張する。本件投書に対し、川崎市議会の特別委員会で、近藤委員が、一般市民は、多摩川河川敷ルートへの変更の余地があると考えて混乱を招くのではないかと危惧するという趣旨及び本件投書は控訴人の個人的意見であることは認識しつつも、建設省、川崎市、被控訴人の三者が協力して事業を進めているのに、被控訴人職員が多摩川河川敷ルートにすべきであるとの本件投書をしたことを遺憾とする趣旨の発言をしたことは、右(一)(3)のとおりであり、建設省、川崎市からは、協議会のメンバーが都市計画決定に向けて日夜努力しているにもかかわらず、協議会の一員である被控訴人の職員が、このような投書をすると都市計画決定手続に大きな支障を来し非常に迷惑であるという内容の非難があったことは右(一)(4)のとおりである。

右のような発言、非難を受けて、被控訴人の担当者あるいは理事者としてはばつの悪い思いをしたであろうことは想像に難くないが、そのことはそれらの者の主観的な名誉感情が害されたとはいえても、団体である被控訴人の名声、信用等について社会から受ける客観的評価が下落したということはできない。即ち、本件投書が控訴人の個人的意見であることは明らかであり、日刊新聞に自己の意見を投書することあるいは本件投書の内容自体は、重大な犯罪や破廉恥な行為などとは異なり、その所属する団体自体の社会的評価を下落させる個人的な行為ではない。また、建設省、川崎市の非難、近藤委員の質問、発言は、本件投書が川崎縦貫道(一期)の都市計画原案の決定手続に支障を来すことあるいはそのおそれがあることについての非難、発言であり、しかも、いずれも限られた範囲の者の評価であり、被控訴人の社会的評価の下落を示すものとは認められない。

また、本件投書の中で、管理費について、自動車トンネルは、高架道に比べ一〇倍の管理費が必要であると、代替地について、首都公団始まって以来、代替地提供はゼロに近いと、それぞれ事実に反することが述べられているが、そのことは、被控訴人の業務の実情についての記述の誤りではあるが、被控訴人の社会的評価を下落させるものとも認められない。

したがって、控訴人の前記1記載の①②の行為により、地元関係者はもとより、関係各方面に多大な混乱を生ぜしめ、もって、被控訴人の名誉が著しく毀損されたものとは認められない。

8  本件投書が掲載された際に控訴人の氏名に「道路公団勤務」との肩書が付されていたことは、就業規則四条四号に該当するか

被控訴人の就業規則四条四号は、職員に対する禁止事項の一つとして「職務上必要がある場合のほか、みだりに公団の名称又は自己の職名を使用すること。」を挙げている。「道路公団勤務」という肩書が控訴人の職名とはいえないことは明らかであるから、右肩書が公団の名称の使用に当たるか否かについて検討する。

右就業規則にいう「公団」とは、被控訴人即ち首都高速道路公団を指すことは同就業規則一条の規定から明らかであるところ、四条四号所定の「公団の名称」とは、被控訴人の正式名称あるいは社会的に通用している被控訴人の略式名称を指し、いずれにせよ被控訴人を他の団体から識別できる名称をいうものと解するのが相当である。

我が国には「道路公団」の語をその名前に含む公団は、被控訴人のほか、「日本道路公団」、「阪神高速道路公団」があることは当裁判所に顕著であり、単に「道路公団」というだけでは被控訴人の名称ということはできない。仮に本件投書の記載内容から、他の二つの道路公団ではなく被控訴人勤務であろうと推測できるとしても、単に「道路公団勤務」という肩書を被控訴人の名称の使用ということはできない。

なお、控訴人は本件投書の際には、肩書を首都高速道路公団勤務と記載したが、新聞社が掲載に当たって肩書を「道路公団勤務」としたものであるが、本件懲戒停職処分の理由とされたのは、本件投書が新聞に掲載された際の肩書を問題とするものと認められるから、そのようないきさつは前記の判断を左右するものではない。

9  本件懲戒停職処分の効力について

(一) 以上に認定判断したところによれば、被控訴人が本件懲戒停職処分の事由とした控訴人の直接の行為のうち、① 本件投書の中で、川崎縦貫道(一期)につき、管理費及び代替地について、著しく事実に反することを述べたものと認められることは、4、5のとおりであり、② 本件投書の中で、川崎縦貫線(一期)の路線の選定が、公団として最適の決定であることを知悉しながら、同路線選定に批判を加えたことは認められることは、6のとおりであり、右行為による結果及び就業規則適用上の評価も、③ 右行為により、地元関係者に相当の混乱を、建設省、神奈川県、川崎市等の関係各方面に混乱を生ぜしめ、もって、公団業務の遂行が支障を来したほか、公団の職場秩序は著しく乱されたとの限度で認められることは、7のとおりである。

しかし、被控訴人が本件懲戒停職処分の事由とした控訴人の直接の行為のうち、④ 本件投書が掲載された際に控訴人の氏名に「道路公団勤務」との肩書が付されていたことは認められるが、それが就業規則四条四号に該当するとはいえないことは8のとおりである。

そうすると、被控訴人が本件懲戒停職処分の事由とした控訴人の直接の行為のうち、右①②の事実が認められ、その評価③も就業規則で定められた禁止事項該当性も前記の限度で認められ、懲戒処分理由書には、控訴人の行為が該当する条項として被控訴人の就業規則四条四号のみが挙げられ、控訴人の直接の行為を摘示する部分にも、右行為による結果及び就業規則適用上の評価を記載した部分にも、具体的事実は明示されていなかった④の本件投書が掲載された際に控訴人の氏名に「道路公団勤務」との肩書が付されていたことのみが就業規則四条四号に該当するとはいえないのであるから、本件懲戒停職処分の事由はその中心となる事由を含め、実質的にはほぼ全部が認められたものということができる。

(二) 本件懲戒停職処分が社会的に相当な行為に対するものであるので本件懲戒停職処分が許されないか否か、本件懲戒停職処分が裁量権の範囲を逸脱しているか否か、本件懲戒停職処分手続の手続に瑕疵があるか否かについての判断は、原判決五三頁六行目から六三頁六行目までのとおりであるから、これを引用する。

当審における控訴人の主張(二)(公序良俗に反する違法)に理由のないことも右の説示に照らして明らかである。

(三) 以上のとおりであるから、本件懲戒停職処分は有効であり、無効とする理由はない。

三  争点2(不法行為に基づく損害賠償請求権の存否)について

1  不法行為の成否(一)について

右二に認定判断したとおり、本件懲戒停職処分は有効であり、控訴人の主張するような無効事由は認められないから、故意又は過失により、無効事由のある本件懲戒停職処分をしたことを理由とする不法行為の主張は理由がない。

2  不法行為の成否(二)について

(一) 控訴人に対し、本件懲戒停職処分期間中の月例給与及び支給基準日昭和六三年一二月一日、支給日同月九日の、同年の年末特別手当が支給されなかったことは当事者間に争いがない。

雇用契約において、一時金を含む賃金の額及びその支払いの有無は、労働者の契約上の地位に重大な影響を及ぼすものであるから、賃金等の減額又は不支給の要件、効果等は、雇用契約、労働協約又は事実たる慣習により雇用契約当事者間に適用される就業規則に明示されることを要するものであり、そのような根拠なくして、使用者が一方的に賃金の減額、不支給を決定することは許されないことは当然である。

(二) 被控訴人における特別手当の支給については、給与規程(就業規則二三条に根拠を有し、就業規則と一体をなす。平成一〇年法律一一二号による改正前の労働基準法八九条二項参照。)一五条一項で「特別手当は、原則として、毎年夏季、年末及び年度末において、それぞれ別に定める日に在職する職員に対してそのつど定める日に支給する。」、同条二項で「特別手当の額は、予算の範囲内において、その支給を受ける職員の勤務成績を考慮してそのつど定める。(以下省略)」と規定されている。

被控訴人は、右規定を受けて、特別手当の支給の都度、理事長決裁により、具体的な支給基準を決定しているもので、停職処分期間中に支給基準日がある場合に特別手当の全額が不支給となることについては、当該理事長決裁で決定する支給基準に定められている旨、昭和六三年度年末特別手当については、理事長決裁は、給与規程一五条一項に規定する支給対象者である「別に定める日に在職する職員」の具体的な定義について、支給基準日である「昭和六三年一二月一日に在職する職員」であるとしたうえで、同日において停職処分期間中の者及び就業規則二六条一項四号により休職を命ぜられている者(他機関への出向休職者)を支給対象から除外しているのであり、控訴人の場合も、同日において停職処分期間中であったため、年末特別手当が全額支給されなかった旨、各主張する。

しかし、給与規程一五条一項は「特別手当は、原則として、毎年夏季、年末及び年度末において、それぞれ別に定める日に在職する職員に対してそのつど定める日に支給する。」と規定し、在職の有無を判断する基準日を別に定めること及び特別手当を支給する日をそのつど定めることを規定しているから、理事長決裁で「別に定める日」、「そのつど定める日」を定めることが予定されているものと解することはできるが、別に定める日に在職する職員に対して特別手当を支給すること自体は給与規程の右条項が規定しているのであり、それ以上に、別に定める日に在職する職員の内で、特別手当を支給しない職員を決定することを理事長決裁に委ねる趣旨とはとうてい解することができない。

また、給与規程一五条二項は「特別手当の額は、予算の範囲内において、その支給を受ける職員の勤務成績を考慮してそのつど定める。(以下省略)」と規定しているが、右規定は、一項により基準日に在職する職員に特別手当を支給することを前提に、被控訴人において、各職員に支給する額を、予算の範囲内と勤務成績を考慮して決定することを定めているものと解するのが相当であり、基準日に在職する特定の職員への支給額を〇円とする、即ち、特別手当を支給しないものとすることまで定めていると解することはできない。

したがって、給与規程一五条一項、二項を根拠に、理事長決裁により、被控訴人に昭和六三年の年末特別手当を支給しないものとすることはできない。

(三) また、被控訴人は、就業規則四〇条は、停職処分の内容について、「三箇月以内の期間を定めて出勤を停止する。このときは、その期間中の給与は支給しない。」と規定し、この規定の趣旨は、停職期間中においてはいかなる給与債権も発生しないということであり、特別手当もまた給与に含まれるから、就業規則四〇条の規定により停職処分の期間中にある者は、当該処分の効果として、停職期間中に支給基準日がある特別手当の全額が支給されない旨、支給基準をより明確にするために、支給時期の都度定める理事長決裁においても特別手当の支給実務上の理解の便のために、注意的に支給対象者から停職者を除外する旨を規定している旨、このような支給日基準主義及び支給基準日に停職期間中の者を支給対象者から除外するという制度は、国家公務員の期末手当及び勤勉手当の支給について定めた人事規則九―四〇第一条三号及び第七条二号の規定に準拠しているものである旨主張する。

しかし、右就業規則四〇条の「その期間中の給与は支給しない。」との規定は、被控訴人主張のように、その期間(停職期間)中においてはいかなる給与債権も発生しないと読むこともできないわけではないが、「その期間中の」の語句が「給与」を修飾するものであることに着目すれば、その期間(停職期間)に対応する給与、即ち、停職により就労しなかった期間に対応する給与は支給しないとの趣旨と理解するのがむしろ素直である。

そして、被控訴人における特別手当支給の実際も、支給基準日に在職する職員か否かということのみを基準として特別手当を支給しているものではなく、基準日前一・五箇月以内の期間に退職した職員にも一定の割合の特別手当を支給していること、支給基準日に在職する職員であっても、昭和六三年度の年末特別手当であれば、同年六月一六日以前に職員となった者の支給率一〇〇パーセントから、同年一一月一七日から一二月一日までの間に職員になった者の四〇パーセントまで、在職期間別に七段階の支給率を定めていること、当年六月二日から同年一二月一日までの欠勤日数が八日未満の場合の一〇〇パーセントから、七四日以上の八八パーセントまで、右期間の欠勤日数によっても七段階の支給率を定めていることなど、直前の特別手当の支給基準日の後の、在勤日数、欠勤日数など勤務日数を重要な要素として考慮している実情にあり、前記給与規程一五条二項は、特別手当の額は支給を受ける職員の勤務成績を考慮してそのつど定めると規定していることは前記のとおりであり、一定期間の勤務成績を特別手当の支給額に反映させることが予定されていることなどを合わせ考えれば、控訴人の主張するように、特別手当を給与の後払いと単純にみるのは相当でないものの、直前の特別手当の支給基準日の後、当該特別手当の支給基準日までの間の勤務の実績、とりわけ在勤日数、欠勤日数など勤務日数を重要な要素として支給額が定められているものであり、逆に停職により就労しなかった期間があれば、それに対応する特別手当の減額分も、通常の欠勤の場合に準じて算定できるのが実情である。

更に、就業規則四〇条に懲戒処分の種類の一つとして停職が定められたのは、企業内の制裁として停職期間中出勤を停止し、その期間中の給与の請求権を失わせる経済的不利益を与えることを、少なくとも本質の一部とするものと解されるが、被控訴人の主張する解釈によれば、同じ給与を受けている者が同じ期間の懲戒停職処分を受けた場合でも、停職期間中に特別手当の支給基準日が含まれる場合と含まれない場合とでその受ける不利益に大きな差が生ずることになるが、このことは制裁のあり方として極めて不合理である。

以上のような諸事情を考慮すると、文言の意味が一義的に明確でない就業規則四〇条の「その期間中の給与は支給しない。」との規定は、被控訴人主張のように、その期間(停職期間)中においてはいかなる給与債権も発生しないと解するのではなく、その期間(停職期間)に対応する給与、即ち、停職により就労しなかった期間に対応する給与は支給しないとの趣旨と解釈するのが相当である。そして、具体的な特別手当についての停職期間に対応する支給しない分を控除した支給額の算定は、被控訴人で実際に行われている他の方法を認定するに足りる証拠がない以上、直前の支給基準日後、当該支給基準日までの期間に含まれる停職により就労しなかった日数を、その期間の欠勤日数に加算して得た欠勤日数により定まる支給率で計算して求めるのが、被控訴人の特別手当額の算定の実情に合致する。

被控訴人は、その主張のような支給日基準主義及び支給基準日に停職期間中の者を支給対象者から除外するという制度は、国家公務員の期末手当及び勤勉手当の支給について定めた人事院規則九―四〇第一条三号及び第七条二号の規定に準拠しているものである旨主張する。

しかし、国家公務員法八三条二項は「停職者は、職員としての身分を保有するが、その職務に従事しない。停職者は、第九十二条の規定による場合の外、停職の期間中給与を受けることができない。」と定め、「停職の期間中」の語句は「給与」を修飾するのではなく、「受けることができない。」を修飾することが明らかである点で被控訴人の就業規則四〇条二項と異なるのみならず、右国家公務員法の規定を含む関係の規定を、念のために、かつ、理解の便のために網羅的に掲げたものとされる人事院規則九―四〇の第一条は「給与法第十九条の四第一項前段の規定により期末手当の支給を受ける職員は、同項に規定するそれぞれの基準日に在職する職員(中略)のうち、次に掲げる職員以外の職員とする。」としその三号に「停職者(法第八十二条の規定により停職にされている職員をいう。)」を掲げていて、基準日に停職期間中の職員は期末手当の支給を受ける職員から除外されていることは、疑問の余地なく明白である(同七条は勤勉手当の支給を受ける職員につき同旨を規定する。)。これに対し、就業規則四〇条の停職処分の内容についての規定は、国家公務員法八三条二項の規定と異なり、その意義が明確でなく、就業規則にも給与規程にも人事院規則九―四〇の第一条のような規定は置かれておらず、労働協約や個々の雇用契約にそのような規定があることを認めるに足りる証拠はないのであるから、被控訴人の、支給日基準主義及び支給基準日に停職期間中の者を支給対象者から除外するとの制度は、国家公務員の期末手当及び勤勉手当の支給について定めた人事院規則九―四〇第一条三号及び第七条二号の規定に準拠しているものである旨の主張は、被控訴人の職員の資金等のあり方を規律する雇用契約、労働協約、就業規則等にその根拠を見いだすことができないものである。

(四) 以上のとおりであるから、被控訴人が、控訴人に対し、昭和六三年の年末特別手当を全額支給しなかったことに法的根拠は認められず、被控訴人は、自らの就業規則及び給与規程の解釈を誤った過失により控訴人に財産的損害を与えたものというべきである。

3  損害額について

(一) 仮に、控訴人の年末特別手当が不支給とされず、勤務評定による増減は行わず、停職による不就労日数のみを考慮した場合の、控訴人の昭和六三年の年末特別手当の金額が一二六万六三一九円であることは当事者間に争いがない。

被控訴人の昭和六三年の年末特別手当の支給に当たっては勤務評定による増減額は行われなかったのであるから、控訴人は右一二六万六三一九円の年末特別手当の支給を受けられず、同額の損害を受けたものである。

(二) 控訴人が、原審以来本件訴訟の遂行を控訴人代理人に委任していることは本件記録上明らかであり、本件事案の内容、経過、結論を考慮すれば、控訴人の負担する弁護士費用のうち二〇万円の限度で被控訴人の右不法行為と因果関係のある損害と認める。

(三) 右(一)及び(二)の合計は、一四六万六三一九円となる。

4  よって、控訴人の請求は、右一四六万六三一九円とこれから弁護士費用を除いた一二六万六三一九円に対する不法行為の日以後で本件訴状送達の日の翌日である平成元年四月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるが、これを超える部分は理由がない。

四  以上のとおりであるから、右判断と結論を異にする原判決を変更することとし、民事訴訟法三〇五条、六七条、六一条、六四条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 西田美昭 裁判官筏津順子は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 矢崎秀一)

〈以下省略〉

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